Jul 07, 2011
30代半ばの女性皆の心配であるアンチエイジング
人間韓国人の、自然に老いていく自分を当然受け入れるものだと思っていた。 32歳まで。 33歳になって、コンピュータの画面に映る自分の顔にびっくりした。そして、昔、このようになることはないと思っていたイメージ通りのおばちゃんがそこにあった。頑固で強情なように見える。以来、アンチエイジングの情報を集めるようになった。化粧品だけでなく、サプリメントにも手を出すようになった。ヒアルロン酸とコラーゲンという言葉に、全州のライトに集まる蛾のように惹かれてしまう。アンチエイジング産業はドル箱だと思う。フォトフェイシャルは、光を当てることで、ニキビやシミや赤などさまざまな問題を改善する治療法です。従来からあるレーザー治療は、症状に合わせて機械を変えて、問題のある部分をピンポイントで治療しますが、フォトフェイシャルは、肌の内側から提案して活性化させ、顔全体を治療しています。
◇障害、「阪神」被災、うつ病乗り越え
◇今シーズンへ意気込み
目に障害を抱える神戸市中央区の作家、草葉達也さん(47)が関西のフットサルの地域リーグ「関西フットサルリーグ」に挑戦している。全国に九つある地域リーグの中でも最高齢選手の草葉さんはサッカーと出会い、障害や阪神大震災で被災した苦しみを乗り越えた。「今シーズンは国内最高齢ゴールを挙げて、障害を持つ人、被災者に勇気を与えたい」と意気込んでいる。【内田幸一】
草葉さんは神戸市出身。小学6年生の時に角膜がとがる難病「円錐(すい)角膜」にかかり、右目の視力をほとんど失った。プロになりたいと打ち込んだ野球の道もあきらめた。
その後、テレビの漫才台本を書き、フリーライターに転身したが、95年の阪神大震災では同市中央区で被災。家族は無事だったが、廃虚となった被災地や被災者を取材するうちに「何で自分や家族は生き残ってしまったのか」という思いにとらわれ、うつ病と診断された。原稿を書けない日々が続き、ストレスから過食となり60キロだった体重は100キロ以上になった。
転機となったのはサッカーと出会った40歳の時。長男が通う小学校の保護者から子ども好きを見込まれ、少年サッカーチームのコーチになってほしいと頼まれた。
迷った末に決心して指導を始めたが「本やビデオでない実技を教えたい」と考え、Jリーグ・ヴィッセル神戸の「おとなのサッカー教室」に参加。本格的にサッカーを始めた。41歳だった。
最初はボールをコントロールできず、仲間との交流にも不安があった。しかし、仲間と協力しボールをつなぐうちに人との触れ合いの大切さに気付いた。障害による遠近感の問題も毎夜、公園でドリブル練習し、体に感覚を染み込ませた。その結果、体重も30キロ減り、うつ病もほぼ克服した。
07年、フットサルの全国リーグ「Fリーグ」を取材したことをきっかけにフットサルに転向。同リーグの「デウソン神戸」の教室で練習を重ね、昨年6月、関西フットサルリーグの「MESSE OSAKA DREAM」に入団を果たした。全国の地域リーグでも最年長選手の誕生だった。
草葉さんは「1秒でも長く試合に出る」と目標を立てたが、周囲はFリーグや高校サッカーの全国大会に出場した経験のある選手も多く、最初はレベルの高さに戸惑った。仲間から「練習するうちに試合に出られるようになる」と励まされ、ボールに向き合い続けた。
そして今年2月のリーグ最終節。草葉さんはついに公式戦に出場。後半開始から5分間だが、夢のような時間だった。しかし「緊張でほとんど何も覚えてない」と振り返る。
5月から始まる今シーズンはリーグ最年長ゴールを目指す。3月の東日本大震災では、東京で揺れを経験し、同じ被災地として何かできないか考え、チャリティー試合の開催や街頭募金に取り組んだ。阪神と東北、二つの被災地を元気づけたいという特別な思いでシーズンに臨む。
「障害者であり、被災者でもある自分がゴールを決めればフットサル界も活気づくし、被災者や障害者の励ましになるはず」。仕事の合間を見ながら、週2回夜間練習を続けているコートで草葉さんは言葉に力を込めた。
〔神戸版〕
4月21日朝刊
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20日午後1時35分ごろ、神戸市西区伊川谷町井吹で、姫路独協大学経済情報学部教授、越智教文容疑者(63)=同区井吹台東町1=の乗用車が信号待ちをしていた軽乗用車に追突。けが人はなかったが、駆け付けた神戸西署員が越智容疑者の呼気から1リットルあたり0・35ミリグラムのアルコールを検知し、道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで現行犯逮捕した。越智容疑者は「自宅でウイスキーを飲み、大学に向かう途中だった」と容疑を認めているという。【井上梢】
〔神戸版〕
4月21日朝刊
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◇大津波捜せぬ命雨に濡れ ただ手を合す春の彼岸に
◇福島・南相馬の塙さん、避難所から投稿
大津波捜せぬ命雨に濡れ ただ手を合す春の彼岸に−−。本日付の「にいがた文芸」にこんな短歌が紹介されている。作者は福島県南相馬市鹿島区の整体業、塙香さん(72)。福島第1原発事故を受け、上越市にのがれ避難所から投稿したという。塙さんを訪ねた。【長谷川隆】
大震災で塙さんの自宅は半壊。追い討ちをかけるように、原発から放射性物質漏えいの恐怖が襲ってきた。3月18日、友人夫婦と上越市に避難した。
震災前は、出張整体に汗を流す日々だった。「顧客の多くは海岸部に住んでいて、約400人のうち、震災後に連絡がついたのは12人。多くの人が津波にのまれ、避難で散り散りになってしまった」と表情を曇らす。
妻のおい(50)も、長らく行方不明のままだった。震災直後、海岸から約50メートルのところにある自宅に親の位牌(いはい)を取りに戻ったところ、津波にのまれたらしい。震災後、様子を見に行ってみたが、原発から半径20キロ圏内の避難指示区域内で近づけなかった。「おいと同様、捜すこともできない命がどれだけあることか」。家族の無念を塙さんは短歌に込めた。3月下旬、上越市の春日山城跡から南相馬の方角に向かって手を合わせた。その後、今月11日になって遺体が見つかった。
自宅に戻れる日がいつになるか分からない。「私には何十年も先があるわけではない。一日も早く故郷が復興できるよう、私も何かの役に立ちたい。立ち直った福島をお見せすることが上越の人たちへの恩返しにもなる」と塙さん。
70歳から始めた短歌。今は避難先で感じたことを紙に書き留めている。上越を去るときには、この地で詠んだ短歌を冊子につづりたい、と考えている。
4月21日朝刊
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